甲賀

【JR油日駅】⇔油日神社
【JR甲賀駅】⇔大鳥神社
【近江鉄道 水口石橋駅】→水口宿
→大池寺→水口城跡
【近江鉄道 水口城南駅】

2016年12月20日 曇り 33,581歩

忍者の里甲賀へ

JR油日駅
(あぶらひえき)

JR草津線の駅で甲賀
駅と柘植駅の間にある



油日駅から西に2kmほどの所
に鎮座する油日神社まで参道
を往復する




参道入口 鳥居
駅から400mほどの所に建つ



「油日神社 神田」の碑


参道に並ぶ石灯籠


境内入口の木鳥居



油日神社
(あぶらひじんじゃ)


楼門(重文)
油日神社の創建の年代は不詳
であるが用明天皇・天武天皇の
頃と伝えられる、主祭神は油日
大神。油の神として全国の油業
界の信仰を集めている



楼門に奉られた油と清酒


楼門と廻廊(重文)


拝殿(重文)


拝殿扁額 ・ 拝殿内


中門(重文)


本殿(重文)


神馬(右)



木内城址

油日神社参道の途中にある、築
城者や年代は定かでない、現在
は竹藪に覆われており、わずか
に土塁・堀跡らしきものが残る



JRで【油日駅】から
【甲賀駅】に移動



JR甲賀駅



駅構内の忍者の立体画(左)
駅前の忍者像(右)
クリスマスに合わせ赤い服を着せ
られ、脇にはマネキン人形が追加
で立てられている



甲賀駅から西に2kmほどの所に
鎮座する大鳥神社まで往復する



大鳥神社

平安時代 元慶6年(882年)の
創建と伝えられ、素戔嗚尊他
が祀られている



参道朱塗りの橋(左)
石造反り橋(右)
朱塗りの橋の正面奥に反り橋が
あるが通行禁止とのこと、隣の
橋を迂回する


楼門と透き塀


拝殿


中門(祝詞殿)


中門 ・ 本殿


JRと近江鉄道を【貴生川駅】
で乗り継いで【JR甲賀駅】から
【近江鉄道水口石橋駅】に移動



近江鉄道 貴生川駅

JRから近江鉄道に乗り換え


珍しい硬券(厚紙)切符の表と
裏。切符切ハサミでパンチ穴も
入れられている



近江鉄道 水口石橋駅



水口宿を歩き大池寺まで行き
水口城跡に向かう



東海道 水口宿
(みなくちしゅく)

水口石橋駅を出ると北側すぐに
旧東海道が通っている道は三筋
に分かれているが中央の道が旧
東海道で水口宿は50番目の宿
場となっている。正面には「水口
曳山祭」の曳山のモニュメントが


からくり時計


左の道を「東見附」まで行き、中
央の旧東海道を戻ることにする




「塗師屋町」石碑


宿場町の古い家並が続く



旧水口図書館
 
ウォーリズ建築事務所の設計で
昭和3年(1928年)竣工、登録
有形文化財に指定されている。







立ち並ぶ土蔵群



大岡寺(だいこうじ)

山門
白鳳14年(686年)行基菩薩が
大岡山の山頂に十一面千手観
音を祀り創建したのが始めとさ
れる古刹である



本堂


行者堂 ・ 本堂前の
「びんずる尊者」





宿場町の古い家並が続く


高札場跡
三筋の道の東の合流個所にある


 
桔梗屋文七
明治時代から続くクリーニング店


旧水口宿脇本陣


曳山蔵(田町・片町)


水口宿東見附(江戸口)
ここは宿場の東入口となり、且つ
ては番所が置かれていたとされる



旧東海道を西に戻る



旧東海道の古い町並


古い町並が続く


一旦水口石橋駅東の踏切を
渡り北に大池寺まで歩く



大池寺(だいちじ)

天平年間(729〜784年)に先に
訪ねた大岡寺と同様に行基菩薩
が干ばつに苦しむ農民のために
灌漑用の池を掘り建立したと伝
えられる



本堂 ・ 本尊釈迦如来像
本尊は丈六の木彫大仏で「一刀
三拝の釈迦」と伝えられ、行基菩
薩が一彫毎に三拝したと云われ
る。甲賀3大仏の一つ



前庭



水口城跡

別名「碧水城」と呼ばれ、徳川
家光が上洛するための宿舎と
して築城された





水口城南駅まで行き、その後
水口神社まで往復する



水口神社
(みなくちじんじゃ)



拝殿と神門


石造反り橋 ・ 社殿


4月20日の水口曳山祭では神輿
渡御や曳山巡行が行われる




近江鉄道 水口城南駅

駅前には曳山のモ
ニュメントが並ぶ





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