橿原

アジサイと久米仙人の寺

【近鉄 橿原神宮前駅】→久米寺→
深田池→懿徳天皇陵→安寧天皇
陵→宣化天皇陵→倭彦命墓→
益田岩船→丸山古墳→植山古墳
【近鉄 岡寺駅】

2016年06月17日 曇り 25,390歩



近鉄 橿原神宮前駅




久米寺

山門 ・ 観音堂
聖徳太子の弟、来目皇子(くめの
おうじ)の眼病平癒を感謝し建立
眼病治癒にご利益がある。また
久米仙人が娘のふくらはぎに見と
れ空から落ちたとの伝説がある



山門の仁王像


本堂


久米仙人石像(右)


大日如来像


境内に咲く色とりどりのアジサイ




多宝塔(重文)











深田池






懿徳天皇陵
(いとくてんのう)

第4代天皇で安寧(あんねい)天皇
の第二皇子、ここから300m程の
所に安寧天皇陵がある


 
「畝傍山南織沙渓上陵」遥拝所
陵形は山形
(うねびやまのみなみのまな
ごのたにのえのみささぎ)




安寧天皇陵
(あんねいてんのう)

第3代天皇

 
「畝傍山西南御陰井上陵」遥拝所
陵形は山形
(うねびやまのひつじさるのみ
ほどのいのえのみささぎ)




安寧天皇神社

鳥居 ・ 拝殿
安寧天皇陵から南に
200m程の所に鎮座


社号扁額 ・ 本殿
磯城津玉手看命(安寧
天皇)が祀られている




畝傍山




宣化天皇陵
(せんかてんのう)

第28代天皇

 
「身狭桃花鳥坂上陵」遥拝所
(むさのつきさかのえのみささぎ)
皇后橘仲皇女との合葬陵、墳丘
138mの前方後円墳、遺跡名は
「鳥屋(とりや)ミサンザイ古墳」




桝山古墳

5世紀前半の築造とされ、被葬者
は第10代崇神天皇皇子 倭彦命
の墓に治定されている。左側に
遥拝所が見える







巨勢山座岩椋神社
(こせやまにますいわくら)

鳥居 ・ 鳥居扁額
創建は定かではない、「春日神
社」とも呼ばれている。祭神は
「岩椋孫命」



拝殿 ・ 本殿



益田岩船
(ますだのいわふね)

飛鳥の石造物(亀石・酒船石)
の一つで最大のもの
岩船山の頂上付近の斜面にあり
大きさは11m×8m、高さ4.7m。
7世紀頃のものと推定されてい
るが用途・目的等は不明



横から見ると下部に格子状の溝が
見られるが加工途中のノミ跡か



上から見ると二つの大きな
四角い穴が開いている




丸山古墳

全長318m全国で6番目の巨大な
前方後円墳で宮内庁により「畝
傍陵墓参考地」となっている。6
世紀後半の築造、当初は円墳
と考えられていたのでこの名が
付いた。写真左:後円部、右:
前方部



後円部から前方部を
見る、後方は畝傍山



前方部から後円部を見る



植山古墳

6世紀末から7世紀始めに築造さ
れた長方形墳、推古天皇の竹田
皇子の墓と推定されている。現
在発掘調査中のようで石室部に
はブルーシートが掛かっている



植山古墳から見る丸山古墳




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