奈良

コスモス寺


【近鉄 奈良駅】→般若寺→
那富山墓→奈良国立博物館
【近鉄 奈良駅】

2015年10月29日 晴れ 25,914歩



奈良きたまち界隈を歩く


旧鍋屋交番跡

現在は「きたまち鍋屋観
光案内所」となっている



屋根には警察の紋章
「旭日章」が残されている






室内



寺川商店

古道具屋を商っている、左奥に
は「きたまち鍋屋観光案内所」
が見える



「寺川道具店」の看板



溝口印舗




「はんや溝口印舗」の看板





可愛い動物模様の窓



古い映画館の看板




「中央劇場」 「地下劇場」


「谷井興行KK 映画ご案内」


「毛髪相談」



石仏群







築地塀の民家




旧 南都銀行
手貝支店跡


現在は「きたまち転害門観
光案内所」となっている




旧 乳酸菌飲料工場跡

大正14年(1925年)建築の工場
事務室で、現在は喫茶スペース
として営業



OPEN 喫茶スペース
工場跡事務室



“ようこそ工場跡へ”








古い町家




転害門(てがいもん)

二度の戦火を免れ天平時代 創
建当初の東大寺の伽藍建築を
残す唯一の建物、転害門の名
前はこの辺りの地名“手貝”か
らきているとのこと。国宝に
指定されている




鼓阪(つざか)小学校
講堂・本館


転害門のすぐ東側にある、昭和
11年(1936年)に建設された破
風造りの鉄筋コンクリート和風
建築




古い町家




向出醤油 醸造元

創業 12年(1879年)、宝扇
(ホウセン)ブランドの醤油蔵












五劫院(ごこういん)

山門


本堂


本堂扁額


墓地入口と地蔵堂


地蔵菩薩石仏







公慶上人墓

墓地内にあり高さ3m余りの巨大
五輪塔で江戸時代・宝永年間(1
704~1711年)に大仏殿を復興
した公慶上人の墓



左下には大僧正公慶の名が刻
まれている、公慶は大仏再建
の途中で病のため没した




旧細田家住宅

17世紀に建てられた大和棟※
の奈良市で最も古い農家建築
※:瓦葺と茅葺を組み
合わせた農家建築



大和棟



旧奈良市水道計量器室

大正11年(1922年)奈良市の上
水道の営業開始に合わせて設
置された



中央に“水”の文字が
デザインされている



後方から見る水道計量器室



北山十八間戸
(きたやまじゅうはちけんと)

寛元元年(1243年)西大寺の忍
性により造られたハンセン病患
者の療養施設






全長38m・幅4mの東西に長い
長屋で内部は18室に区切られ
ている



南側から見る北山十八間戸
かつては南側から室内も入って
見ることが出来たが、今は金網
の塀で囲われている




般若寺(はんにゃじ)

山門


本堂


十三重石塔(重文 鎌倉時
代中期 建長5年 1253年)



十三重石塔 初層の釈迦
如来像線刻、左奥は鐘楼










鐘楼


藤原頼長 供養塔


観良房良慧大徳 追慕塔
戦火で荒廃した般若寺
を復興した中興の祖



コスモスと石仏達














植村牧場

般若寺の向かいにあり、
明治17年(1884年)創業









黒髪山稲荷神社

鳥居


鳥居扁額


赤鳥居の列


社殿


社殿内の狐像



那富山墓
(なほやまのはか)

稜墓 遥拝所
1歳を待たずして亡くなった聖武
天皇の皇太子 基(もとい)皇子
の陵墓、11m×7.8m、高さ1.5m
の円墳



四方を守る護石「隼人石」
北西の護石 鼠の獣頭人
身が線刻がされている




ならでんスタジアム
(鴻ノ池球場)





大仏池

池越しに見える大仏殿











奈良国立博物館




現在正倉院展が開催さ
れているので鑑賞する





inserted by FC2 system